ラマガ乗りとなったツィイー

「いきなりですけどラスティ先輩、先週シュナイダーのツィイー社員とACの模擬戦をしまして」
「ほーん」
 格納庫でスティールヘイズを磨いているラスティに呼び掛けているのは、元・V.Ⅷにしてアーキバスのルビコン撤退後はエルカノで営業社員兼テストパイロットをやっているペイター。
 彼は感情の切り替えの早さから、エルカノでの採用後は純粋に「エルカノでの出世」を考えており、解放戦線本部ではツバサおよびキャンドルリングの整備士に整備上の問題を聞いて、フィルメザパーツのアップデート案として纏めたり、フラットウェルにアセンブルについて相談されたときは「近接武器を使わないのでしたら腕をアルバ腕に、ランセツRFをエツジンまたはニードルガンにして、浮いた重量で肩に強い武器を乗せてみてはいかがでしょう」とエルカノ製品に拘らない中立な提案をしたりと、極めて真面目に営業活動をしている。
 また「スティールヘイズのランセツRFとバーストハンドガンをニードルガンに変えてWニドガンレザスラしたいです」なラスティと共にフラットウェルに頭を下げたこともある(が、予算と「ランセツRFの継戦能力を捨てるなんてとんでもない」という理由で断られた)ため、ラスティとの関係も悪くはない。のでこの生返事は別にペイターの事を嫌っているからではないはずだ。多分。

「ツィイーとの模擬戦では私の駆るオールハンドミサイルのアルバフルフレームが圧勝を続けていた訳ですが、途中でツィイー社員が『ナハトだとすぐに地形にひっかかる』とラマーガイアーに乗り換えまして、そうしたら彼女は対戦よりアサルトブーストを吹かせる事に夢中になってしまい模擬戦が中止になったのですが」
「……君が元凶だったかペイター」
 スティールヘイズ・オルトゥスにファーロン製のミサイルを載せなかったかどで、エルカノとファーロンの関係に罅を入れたラスティだったが、後にエルカノに入社したペイターが「武器を全てハンドミサイルで固めたアルバフルフレーム(もちろんFCSもブースタもファーロン製のものを採用しております)」を乗機にしたうえでエルカノの広告塔を担うようになったため、エルカノとファーロンの仲は改善。
 そのためラスティはペイターがいるエルカノ男子寮に足を向けて眠れないのはさておき、ツィイーの操縦手腕でスティールヘイズアセン(ナハトライアーフルフレーム&アルラブースタ)のACにQBを吹かせていたら、地形に嵌ってしまい一方的にミサイルを浴びる事になるのは想像がつく。
 またスティールヘイズアセンだと空中戦闘に弱くなるので、地形に嵌らない空中戦闘に持ち込むためにラマーガイアーフルフレームに乗り換えるというのは考え方として悪くはない、悪くはないと言いたいが……。

「ペイター……今週からツィイーが『悪いね私を捕まえられる人間はひとりも知らない』『企業の空力を、いや同志の使命を!』『一度生まれた軽量ACはそう簡単には死なない!』等と言って、あの剥き出しコアACで戦場に出てきているんだ。そしてシュナイダーに問い合わせたところ『ツィイーちゃんは「この機体なら誰も追いつけない」と解放戦線からの応援要請に真っ先に反応するようになっただけで……ラスティさんがいなくなった今では彼女が弊社最強のAC乗りなので咎めるわけにもいかず……』との事だ」
「シュナイダー社の事ですから、ラマーガイアーの実戦データを取るために応対組織を問わない類の応援要請には即座に反応するよう仕向けた可能性もありますね」
「元シュナイダー社員の私としては、彼らがパイロットに損耗を強いることはないと理解しているが、あいにく他の解放戦線のメンバーは」


 一方別の解放戦線AC格納庫の片隅では「やたらとラマーガイアーで出撃したがる『頭空力』なAC乗りにされたされたツィイーを救出するため、シュナイダーのベリウス基地に襲撃を行う」といった相談が冗談半分、本気半分でなされていた。
 解放戦線の帥父であるドルマヤン、その近侍であるフレディも同席したものの相談に加わることはなく、代わって「『一番の』友人のACを近くで見るために、格納庫への入室許可を貰った独立傭兵」に意見が求められていた。
「……そもそも彼女のラマーガイアー搭乗が洗脳ではなく、スリルを求めてのものである場合、シュナイダーからの救出が解決にならないのではないか」というツッコミによりシュナイダー襲撃が未然に阻止されたのはさておき、その独立傭兵の容姿を盗み見る者は少なくなかった。
 中世的な顔立ちと骨格により性別を伺わせることができず、色素の抜け落ちた髪と潜められた眉からは近寄りがたい印象を与える。管は衣類の下を通っているために外からは伺うことは出来ないものの、背負ったリュックには点滴の栄養剤が入れられ、再建した腸管がまた完全には機能していない事が示されている。それでもザイレム撃墜を果たし、再教育センターの同胞を解放した後に、コアから出てきた時と比べると遥かに人間らしい生活を送れていると示しているもので、回復に安堵する思いから。

 自分もまたこの者の……独立傭兵レイヴンの回復を微かに喜んでいた事にドルマヤンは歯噛みする。
「すまない。エアから『AC・エコーをオートパイロットにしました。格納庫での格納準備をお願いします』と交信が入った」
 そんなレイヴンの言により整備士達は機材搬入口へと戻り、傭兵支援システム・オールマインドから送られてきたエコーの修理パーツを各々に振り分ける。
 そして多関節ブームリフトのオペレータが、整備士と必要機材を乗せたバケットをACを囲む位置まで動かす手際に内心で感服している横で、ドルマヤンが「エアよ……。レイヴンがお前の『姿』を身に来ていると知っているとはいえ、管制官の次に帰投の報告をするのは私ではなくこの者か」と奥歯を噛みしめる。そしてフレディに奥歯を折らないかと心配される。
「レイヴン。お前にとっての声は……エアは他に何と言っている」
「他にはか、『護衛対象のトラックは全て無事です。私もAC乗りの独立傭兵としての活動に慣れてきましたレイヴン』と言っていたぞドルマヤン」
 レイヴンが解放戦線の指導者であるドルマヤンに対しこの物言いなのは、何物にも属さない独立傭兵の立場表明として双方納得の上であり、その点については誰も咎めようと思わないが。

 ドルマヤンが自分を追い払うように手を振ったのを機にその場を離れ、格納されるエコー。そのの頭部と最も近い場所へ行くために、作業員の邪魔にならないよう移動経路に気を使いつつ格納庫内を速足で駆けるレイヴン。虚ろな目になりつつドルマヤンは言葉を漏らす。
「お前は知らないだろう。セリアの同胞と、セリア同様に人間を愛してくれたエアと逢えた喜びを。そして同調を果たせなかった私でも、エアがコーラルを用いたACを操っている間は他の人間同様とはいえ交流が出来る安堵を。だがアーキバスから接収したものとはいえ、こうしてエアのACを用意するだけでなく格納や整備を行えている解放戦線、およびその指導者であるこの私を差し置いて、彼女の親愛を一身に受けるとは……」
「本音が漏れています帥父。そして解放戦線の格納庫内に仕掛け弓を仕掛けるのは、レイヴン以外も引っかかる可能性があるのでお止めになった方がよろしいかと」
 そう虚ろな目でも、若いころにとったゲリラ戦法は取れるのである。最も今ではこういう所にしか使い道はないが。そしてオチはフレディに止められるか、フラットウェルに発見され苦言を呈されるかの二択。


 一方、エコーが格納されたのとは別のAC格納庫の現状。
「ところでレイヴンは、いつになったらスティールヘイズの格納庫に来るのでしょう。せっかくアルバのカタログを持ってきましたのに」
「エアは確かに今日戦友が『一番の友人が乗るACを見に来る』と言っていた。戦友の一番の友人といえば私しかない、だから私はこうしてスティールヘイズを磨いているのだが……。戦友、手術続きで今日ようやく外出許可を貰えた君は明日また手術を受けて面会謝絶となるのだろう。この期に及んでまた私と逢ってくれないという事は……」